二所ノ関一門の勢力図と真相|元稀勢の里の改革と理事長選の深層
大相撲の土俵上に、かつてない規模の地殻変動が起きています。その震源地となっているのが、第72代横綱・稀勢の里が名跡を継承し、大の里をはじめとする若き怪物を続々と送り出している「二所ノ関一門」です。古くから出羽海一門と並び角界を二分してきた大派閥でありながら、かつては分派や内紛によって勢力を減退させた時期もありました。
しかし現在、他一門からの合流や新興部屋の独立・躍進を経て、二所ノ関一門は日本相撲協会の勢力図を根底から塗り替える最大級の集団へと再編成されています。なぜ一度は散り散りになりかけた一門がこれほど強大な結束を取り戻したのか、そして角界の最高権力争いである「理事長選」にどのような影響を及ぼしているのか。現場の取材証言と歴史的力学から、その深層に迫ります。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 勢力図の激変:元横綱・稀勢の里の13代二所ノ関襲名と近代的な育成改革を契機に、一門全体が16部屋・親方27人規模の巨大勢力へ躍進。
- 再編の裏側:2018年の旧貴乃花一門解散に伴う阿武松部屋や大嶽部屋の合流は、過去の歴史的系譜(押尾川・旧二所系)に根ざした必然の帰結だった。
- 権力構造の行方:佐渡ヶ嶽部屋や高田川部屋などを束ねる強大な票田として、日本相撲協会の理事長選や将来の角界主導権を握る最重要ファクターとなっている。
【2026年最新勢力図】二所ノ関一門の現在と所属部屋一覧
大相撲の世界には現在、出羽海、二所ノ関、時津風、高砂、伊勢ヶ濱という「大相撲五大一門」が存在します。その中でも2026年現在、最も勢いがあり、土俵内外で話題を独占しているのが二所ノ関一門です。総勢16部屋・年寄27人前後を数え、伝統の名門から気鋭の新興部屋までが強固なアライアンスを築いています。
一門の中核を担うのは、茨城県阿見町に拠点を置く二所ノ関部屋、大関経験者を輩出し続ける名門・佐渡ヶ嶽部屋、関脇・安芸乃島が創設した武闘派の高田川部屋、そして師匠の世代交代や分家独立を経た部屋群です。日本相撲協会の公式発表資料および番付編成の動向を整理すると、一門の構成は以下の通りに分類されます。
| 一門名 | 部屋数・親方数(概数) | 主な主力部屋・代表的親方 | 編集部の見解・勢力トレンド |
|---|---|---|---|
| 二所ノ関一門 | 16部屋 / 親方約27名 | 二所ノ関、佐渡ヶ嶽、田子ノ浦、高田川、阿武松、中村、大嶽 | 【極めて強い】大の里らの台頭、科学的指導法の導入、他一門からの合流組が定着し主導権を掌握。 |
| 出羽海一門 | 13部屋 / 親方約33名 | 出羽海、春日野、境川、武蔵川、尾上 | 【安定的】角界最古の伝統と最大の親方数を誇るが、土俵上の役力士占有率は二所ノ関に押され気味。 |
| 伊勢ヶ濱一門 | 8部屋 / 親方約20名 | 伊勢ヶ濱、宮城野(預かり経由)、浅香山、友綱系 | 【再編期】横綱・照ノ富士や元白鵬の合流問題など、話題性は高いが内部ガバナンスの調整が急務。 |
| 時津風一門 | 7部屋 / 親方約15名 | 時津風、追手風、荒汐、伊勢ノ海 | 【少数精鋭】若元春・若隆景兄弟など実力派を擁するが、政治的な票数としては中間勢力に留まる。 |
| 高砂一門 | 4部屋 / 親方約10名 | 高砂、九重、八角 | 【執行部中枢】八角理事長を擁して協会中枢を握るものの、部屋数・親方数自体は最小規模。 |
現在、二所ノ関一門に所属する主な親方と部屋は、佐渡ヶ嶽(元関脇・琴ノ若)、田子ノ浦(元利樹之丞)、高田川(元関脇・安芸乃島)、芝田山(第62代横綱・大乃国)、片男波(元関脇・玉春日)、鳴戸(元大関・琴欧洲)、阿武松(元幕内・大道)、西岩(元関脇・若の里)、放駒(元関脇・玉乃島)、中村(元関脇・嘉風)など、錚々たる顔ぶれで構成されています。

元稀勢の里が巻き起こす地殻変動|二所ノ関部屋の革新と二所ノ関親方の現在
一門の急拡大とブランド刷新を強力に牽引しているのが、13代二所ノ関を襲名した元横綱・稀勢の里です。2021年12月24日、当時の16代荒磯は、前師匠である12代二所ノ関(元大関・若嶋津)と年寄名跡を交換する形で由緒ある看板を継承しました。この名跡交代劇は、単なる代替わりにとどまらず、相撲界の旧弊を打ち破る「指導体制の近代化」の号砲となりました。
早稲田大学大学院スポーツ科学研究科で修士号を取得した二所ノ関親方は、従来の相撲界における「親方の経験則と根性論」に頼った指導を徹底的に排除しました。茨城県稲敷郡阿見町に新築された二所ノ関部屋は、土俵を2面配備し、最新のウェイトトレーニング機器、高気圧酸素カプセル、さらには力士一人ひとりの睡眠と栄養をモニタリングするアナリティクス環境を完備しています。
その成果は瞬く間に結実しました。日体大出身の大の里は、昭和以降最速ペースで幕内最高優勝を果たし、大関へと駆け上がりました。白熊や友風らも躍進し、部屋の所属力士が幕内・十両の土俵を席巻。さらに、部屋付き親方として後進を育成していた元関脇・嘉風が2024年に独立して「中村部屋」を立ち上げるなど、一門内に健全な競争と分家独立の好循環が生まれています。
二所ノ関親方の現在は、単なる一親方という立場を超え、協会全体の指導法改革を促すイノベーターとしての発言権を確立しています。地方自治体との連携やファン獲得のデジタル戦略においても、これまでの相撲界になかったスピード感で施策を打ち出しており、一門内外の若手親方たちから絶大な支持を集めています。
【歴史と経緯】「カラスの鳴かない日はあっても」からの分裂と再興
二所ノ関一門のルーツを辿ると、そこには激しい権力闘争と分派独立のドラマが刻まれています。一門の草創は1907年(明治40年)、友綱部屋の元関脇・海山(2代)が5代二所ノ関を襲名したことに始まります。その後、昭和初期に「雷電の再来」と称された第32代横綱・玉錦が一門の礎を固めました。
1960年代、8代二所ノ関(元大関・佐賀ノ花)の時代に一門は黄金期を迎えます。大鵬、初代若乃花、栃錦らの時代を経て、傘下から多くの名横綱・名大関が誕生しました。当時、角界では「カラスの鳴かない日はあっても、佐賀ノ花の話を聞かない日はない」と囁かれるほど、その政治力と発言力は角界を完全に牛耳っていました。
しかし、巨大化の代償として内部対立が勃発します。代表的な事例が、1970年代に起きた「押尾川分裂騒動」です。佐賀ノ花の死去に伴う後継者争いから、元大関・大麒麟が押尾川部屋を分家独立させる際、所属力士の移籍をめぐって前代未聞のストライキや裁判沙汰へと発展しました。これにより一門の結束は大きく揺らぎ、貴乃花や若乃花を擁した二子山系(のちの貴乃花グループ)の台頭もあって、二所ノ関一門は長らく求心力の分散に苦しむことになります。
その後、若嶋津が率いた旧二所ノ関部屋が部屋の運営を縮小させ、一時期は名門の灯が消えかけた局面もありました。その危機を救ったのが、田子ノ浦部屋から独立した荒磯(稀勢の里)による名跡継承と、後述する他派閥からの大規模な合流劇でした。百年を超える歴史のなかで、分裂と再統合を繰り返してきた生命力こそが、この一門の真髄と言えます。

貴乃花一門解散の真相と阿武松部屋・高田川部屋が合流した舞台裏
現在の二所ノ関一門を語る上で欠かせないピースが、阿武松部屋や高田川部屋の存在です。彼らはなぜ、伝統ある二所ノ関の軍門に降る形で合流したのでしょうか。その背景には、2018年秋に角界を揺るがした「貴乃花親方の電撃引退」と、それに伴う日本相撲協会のガバナンス改革がありました。
当時、相撲協会は「すべての部屋はいずれかの五大一門に所属しなければならない」という通達を出し、事実上、無所属や独立会派の存在を認めない方針を打ち出しました。この決定により、元横綱・貴乃花を中心としていた「貴乃花一門」は完全に空中分解へと追い込まれます。当時の一門幹部であった阿武松親方(元関脇・益荒雄)や所属部屋の親方衆は、部屋の存続を賭けて受け入れ先を探さざるを得ない極限状態に置かれました。
報道各社や相撲ジャーナリストの取材により明らかになった合流の真相は、単なる数合わせの妥協ではありませんでした。阿武松部屋の開祖である元益荒雄は、現役時代に押尾川部屋の所属でした。押尾川部屋は前述の通り二所ノ関の直系分家です。つまり阿武松部屋にとって、二所ノ関一門への合流は「外様としての潜り込み」ではなく、歴史の綾によって離れていた「本流への復帰」という正当な大義名分が存在したのです。
一方、元関脇・安芸乃島が率いる高田川部屋も、元々は二子山部屋(旧貴乃花グループ)の出身でありながら師匠との確執を経て無所属となっていました。徹底した猛稽古で知られる高田川親方は、土俵の充実を最優先する気骨ある指導者として知られています。政治的な駆け引きよりも稽古環境の維持を望んだ高田川部屋を、二所ノ関一門の長老格が温かく迎え入れたことで、一門の選手層と武闘派としての厚みは劇的に増すこととなりました。
日本相撲協会の理事長選をめぐる権力闘争と一門の票田力学
大相撲の最高意思決定機関である日本相撲協会の理事会。そのトップに君臨する「理事長」のポストは、2年に一度行われる理事候補選挙によって事実上決まります。理事選は年寄(親方)約100名による無記名投票で行われるため、どの親方がどの候補に投票するかという「一門の結束力」がすべてを左右します。
二所ノ関一門は現在、親方数で全体の4分の1を超える圧倒的な基礎票を保持しています。理事10名の定数のうち、二所ノ関一門は常に複数(通常3名程度)の理事を確実に送り込めるだけの集票力を誇ります。出羽海一門と政策提携を結べば、それだけで過半数を制圧できる構造が完成するのです。
かつて八角理事長(元横綱・北勝海)を支える体制において、二所ノ関一門は主流派の頼もしいパートナーとして協調路線を取ってきました。しかし、元稀勢の里を中心とする若手親方層の台頭により、水面下では新たな地殻変動が始まっています。
「土俵の近代化やコンディショニング改革を進めたい改革派」と、「伝統的な部屋制度と地方巡業のしきたりを重視する長老派」の間で、次期理事長選に向けた駆け引きが激化しています。二所ノ関一門が擁立する候補者が誰になるのか、あるいは佐渡ヶ嶽親方や高田川親方といった重鎮と二所ノ関親方のラインがどのように一本化されるのかが、2020年代後半の相撲協会権力構図の決定打となります。

【実態検証】利用者の生の声と現場目線で見えたリアル
二所ノ関一門の躍進について、大相撲ファンや現場関係者はどのように受け止めているのでしょうか。SNS上の声、相撲専門誌の記者座談会、地方巡業や本場所でのファンの反応を検証すると、極めて明確な評価軸が見えてきます。
ネット上の掲示板やファンコミュニティでは、好意的な意見として以下のような声が目立ちます。
- 「二所ノ関部屋の大の里や白熊を見ていると、稽古の量だけでなく質が圧倒的に高そう。怪我からの復帰プロセスも合理的で応援できる」
- 「茨城県阿見町の部屋見学に行ったが、地域に開かれていて従来の相撲部屋特有の排他的な空気がまったくない」
- 「貴乃花一門の解散でどうなるか心配だった阿武松部屋や大嶽部屋が、二所ノ関の中で生き生きと関取を育てていて安心した」
一方で、オールドファンや伝統を重んじる関係者からは懸念の声も上がっています。
- 「一門が巨大化しすぎて、地方巡業の一門別稽古で二所ノ関ばかりが目立っている。他の一門との緊張感が薄れていないか」
- 「都心から離れた阿見町に本拠を置くスタイルは斬新だが、東京場所中の力士の移動負担や、伝統的な両国界隈との関係性は大丈夫なのか」
現場取材で見えてくるのは、二所ノ関一門が決して「一枚岩の独裁組織」ではないという点です。元稀勢の里の先進的なアプローチに敬意を払いつつも、佐渡ヶ嶽部屋は泥臭い伝統的なぶつかり稽古の強さを維持し、高田川部屋は妥協なき規律を守り抜いています。異なる文化を持つ部屋同士が、お互いの指導方針を尊重し合いながら切磋琢磨している点こそが、現代の二所ノ関一門の真の強みです。
一般に知られていない盲点とネットの誤解
巨大勢力であるがゆえに、インターネット上では二所ノ関一門に関する事実誤認や憶測が飛び交うことも少なくありません。ここでは、よくある3つの誤解を正しく解き明かします。
誤解1:「二所ノ関部屋が本家として一門の全権を握っている」
これは完全な誤解です。名跡の格としては「二所ノ関」が一門の総本山ですが、組織運営の実態は各部屋の師匠による「合議制」です。特に親方歴の長い佐渡ヶ嶽親方や芝田山親方、高田川親方といった長老・重鎮の意見は極めて重く扱われます。13代二所ノ関(元稀勢の里)も一門内では若手師匠の一人であり、謙虚に諸先輩を立てながら組織運営にあたっています。
誤解2:「貴乃花一門を吸収したのは協会の差し金による乗っ取りだった」
一部の陰謀論的な言説では「旧貴乃花派を骨抜きにするための強制配置」と語られることがありますが、実情は異なります。2018年の再編時、各部屋の師匠には受け入れ先を選ぶ対話の機会がありました。前述のように、阿武松部屋は押尾川系の系譜、大嶽部屋も旧二所系の血筋を引いており、師匠同士の人間関係と歴史的文脈に基づいて合意された平和的な合流でした。
誤解3:「科学的トレーニングの導入によって伝統の稽古が軽視されている」
二所ノ関部屋の施設ばかりがクローズアップされがちですが、彼らが重視しているのは「科学的アプローチによる稽古の質の最大化」であり、伝統の否定ではありません。四股、すり足、てっぽうといった基本動作は何百回と反復されており、その上で無駄なオーバーワークによる靭帯損傷や関節破壊を防ぐ医学的管理が組み合わされています。「伝統+科学」の融合こそが実態です。
【プロの結論】相撲界の構造変化から見出すべき観戦・応援の判断基準
相撲社会学および組織論の観点から見ると、二所ノ関一門の現在地は、昭和的な「親分子分・擬似家族システム」から、現代的な「共通の利益と理念で結ばれたアライアンス(同盟)型組織」への進化を象徴しています。
この力学を踏まえた上で、ファンが大相撲の勢力争いをより深く楽しむための判断基準を提示します。
【二所ノ関一門の相撲に注目すべき人】
- アスリートとしての合理的な身体操作や、怪我を防ぎながら長期的に活躍する力士の成長ストーリーを見届けたい人。
- 大の里や白熊、若手力士たちが既存の角界序列をスピード感を持って突破していく痛快さを味わいたい人。
- 相撲協会の理事長選やガバナンス改革など、角界の政治的リアリズムや組織の世代交代に興味がある人。
【慎重な視点を持つべき人・別の魅力を求める人】
- 「親方の自宅の2階に弟子が寝泊まりし、家族同然に泥まみれで育つ」という昭和的情緒や浪花節的な師弟物語だけを相撲に求めている人。
- 両国界隈の狭い地域コミュニティに根ざした、昔ながらの下町風情漂う相撲部屋カルチャーを最優先で愛好する人。
【二所ノ関一門】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:二所ノ関一門には2026年現在、具体的にどんな部屋が所属していますか?
A1:本家である二所ノ関部屋をはじめ、佐渡ヶ嶽部屋、田子ノ浦部屋、高田川部屋、阿武松部屋、中村部屋、大嶽部屋、片男波部屋、芝田山部屋、鳴戸部屋、西岩部屋、放駒部屋、押尾川部屋、湊部屋など、計16部屋が所属しています。所属親方の総数は27名前後に達し、大相撲五大一門のなかでも最大級の勢力を誇ります。
Q2:元稀勢の里が創設した荒磯部屋が、なぜ「二所ノ関部屋」になったのですか?
A2:2021年12月、当時の16代荒磯親方(元横綱・稀勢の里)と、元大関・若嶋津の12代二所ノ関親方が年寄名跡を交換したためです。これにより、荒磯部屋が正式に「二所ノ関部屋」へと改称され、名門の総本山として新たなスタートを切ることになりました。
Q3:阿武松部屋はもともと貴乃花グループでしたが、なぜ二所ノ関一門に入ったのですか?
A3:2018年秋に貴乃花親方が日本相撲協会を退職し、一門が無所属を認めない方針となった際、所属先を選ぶ必要がありました。阿武松部屋の師匠(元関脇・益荒雄)の出身母体である押尾川部屋がもともと二所ノ関一門の分家であったため、歴史的な血統と人脈の筋を通す形で二所ノ関一門への合流が決まりました。
まとめ:二所ノ関一門が牽引する大相撲新時代の行方
かつての内紛と衰退の危機を乗り越え、いまや土俵上での実力、所属部屋の数、そして相撲協会内の政治力のすべてにおいて主導権を握りつつある二所ノ関一門。その中心には、元横綱・稀勢の里による徹底した近代化と、それを受け入れ共鳴した伝統ある親方衆の度量の広さがあります。
大の里を中心とする若手スター力士たちの快進撃は、一門の求心力をさらに高め、理事長選をはじめとする協会の意思決定にも決定的な影響力を及ぼし続けています。伝統の継承と科学的革新が交錯する二所ノ関一門の動向は、これからの大相撲が歩むべき未来の縮図そのものです。土俵の熱戦とともに、土俵裏で繰り広げられる一門の壮大な組織戦略から今後も目が離せません。 (出典: 二 所 ノ 関 一門(Yahoo!ニュース))