歴代24時間テレビマラソン全ランナー一覧!距離・完走記録と2026年最新結果を徹底解説
日本テレビ系『24時間テレビ』のチャリティーマラソンは、1992年に間寛平さんが初代ランナーを務めて以来、走者や距離、企画の形式を変えながら続いてきた夏の恒例企画です。2026年の第49回では、俳優の星野真里さんが80kmを走り、8月30日午後8時42分に完走しました。前年の2025年にはSUPER EIGHTの横山裕さんが105kmを走り切っています。
歴代の記録を振り返ると、最長距離として知られる約600kmの挑戦や、24時間で200kmを完走した記録、放送終了後にゴールしたケースなど、単純な距離比較だけでは見えてこない歴史があります。日本テレビの公式番組情報や報道各社の記録をもとに、1992年から2026年までの歴代チャリティーランナー、走行距離、完走結果を整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 歴代ランナー:チャリティーマラソンは1992年の間寛平さんから始まり、2026年は星野真里さんが担当。
- 最長距離:番組関連企画全体では1995年の間寛平さんによる約600kmが最長。24時間で走った単独マラソンの代表的な最長記録は1993年の200km。
- 2026年最新結果:星野真里さんは45歳で80kmを完走。2025年の横山裕さんは105kmを完走した。
【企画の開始年】24時間テレビのマラソンは1992年に始まった
『24時間テレビ』自体の放送開始は1978年ですが、現在につながるチャリティーマラソン企画が始まったのは1992年の第15回です。初代ランナーに選ばれたのは、当時43歳のお笑いタレント・間寛平さんでした。
初挑戦で掲げられた目標は200km。しかし、初回は走行ルートが事前に公表されていたことから沿道に見物人が殺到し、安全上の問題などから約153km地点で企画を終了しました。予定距離を走り切ることよりも、ランナーと沿道の安全を優先せざるを得なかったのです。
翌1993年、間さんは再びランナーを務め、今度はコースを事前に公表しない形で200kmを完走しました。初回の課題を踏まえて運営方法を見直し、長距離を走る挑戦と、その過程をテレビで伝える企画が定着していきます。1995年には、阪神・淡路大震災が発生した年の特別企画として、間さんが約600kmを7日間かけて走りました。
こうした経緯から、歴代マラソンの原点を理解するうえで重要なのは、単に距離が長かったかどうかではありません。1992年の途中終了、1993年の再挑戦、1995年の長距離企画という流れに、企画の運営と社会的なメッセージの変化が表れています。1995年の約600kmは、通常の24時間マラソンとは異なる長期企画として区別して考える必要があります。

【1992〜2026年】歴代ランナー・走行距離・完走結果の全一覧
以下は、1992年の第15回から2026年の第49回まで、歴代のチャリティーマラソン企画を年順に整理した一覧です。距離は公表された記録を基本とし、リレーや駅伝、トライアスロン、募金ランなど、通常の単独マラソンと条件が異なる年には形式も記載しました。
なお、複数人が参加した年の距離は、個人の走行距離ではなく企画全体の合計で示される場合があります。また、完走していても放送時間内にゴールしたとは限りません。年ごとの数字を比較するときは、距離とともに結果欄も確認してください。
| 年・回 | 歴代ランナー | 走行距離・形式 | 完走結果・備考 |
|---|---|---|---|
| 1992年・第15回 | 間寛平 | 約153km地点 | 200kmを目標としたが途中終了 |
| 1993年・第16回 | 間寛平 | 200km | 完走 |
| 1994年・第17回 | ダチョウ倶楽部 | 約100km | グループ企画として完走 |
| 1995年・第18回 | 間寛平 | 約600km・7日間 | 長期特別企画として完走 |
| 1996年・第19回 | 赤井英和 | 100km | リレー企画のアンカー。放送延長でゴール |
| 1997年・第20回 | 山口達也 | 100km | 完走 |
| 1998年・第21回 | 森田剛 | 100km | 完走 |
| 1999年・第22回 | にしきのあきら | 110km | 完走 |
| 2000年・第23回 | トミーズ雅 | 150km | 完走 |
| 2001年・第24回 | 研ナオコ | 85km | 完走。女性ランナーとして初参加 |
| 2002年・第25回 | 西村知美 | 100km | 完走 |
| 2003年・第26回 | 山田花子 | 110km | 放送終了後にゴール |
| 2004年・第27回 | 杉田かおる | 100km | 完走 |
| 2005年・第28回 | 丸山和也 | 100km | 完走 |
| 2006年・第29回 | アンガールズ | 約100km | グループ企画として完走 |
| 2007年・第30回 | 萩本欽一 | 70km | 放送終了後にゴール |
| 2008年・第31回 | エド・はるみ | 113km | 完走 |
| 2009年・第32回 | イモトアヤコ | 126.585km | 放送終了後にゴール |
| 2010年・第33回 | はるな愛 | 85km | 完走 |
| 2011年・第34回 | 徳光和夫 | 63.2km | 完走。当時70歳 |
| 2012年・第35回 | 佐々木健介・北斗晶一家 | 合計120km | 家族リレーで完走 |
| 2013年・第36回 | 大島美幸 | 88km | 放送終了後にゴール |
| 2014年・第37回 | 城島茂 | 101km | 完走 |
| 2015年・第38回 | DAIGO | 100km | 完走 |
| 2016年・第39回 | 林家たい平 | 100.5km | 完走 |
| 2017年・第40回 | ブルゾンちえみ | 90km | 完走 |
| 2018年・第41回 | みやぞん | ラン100km・総計161.55km | トライアスロン形式で完走 |
| 2019年・第42回 | 近藤春菜・よしこ・水卜麻美・いとうあさこ | 合計148.78km | 4人の駅伝形式で完走 |
| 2020年・第43回 | チームQ(高橋尚子ら6人) | 合計236km | 私有地での募金ラン |
| 2021年・第44回 | 岸優太・城島茂ら | 約100km | 閉鎖敷地内での募金リレー |
| 2022年・第45回 | 兼近大樹 | 100km | 完走 |
| 2023年・第46回 | ヒロミ | 102.3km | 完走 |
| 2024年・第47回 | やす子 | 81km | 完走 |
| 2025年・第48回 | 横山裕 | 105km | 完走 |
| 2026年・第49回 | 星野真里 | 80km | 8月30日午後8時42分に完走 |
一覧から分かるように、100km前後の単独走が多い一方、家族リレーや駅伝、募金ランなどの形式も採用されています。とりわけ2020年と2021年は、新型コロナウイルス感染拡大への対応として、一般公道を走る従来型のマラソンとは異なる企画になりました。
距離の数字が資料によって異なる場合もあります。たとえば2016年の林家たい平さんは100.5km、2018年のみやぞんさんはランニング部分が100kmで、トライアスロン全体では161.55kmです。企画全体の距離と実際に走った距離を混同しないことが、歴代記録を正しく読み取るポイントです。
【最長距離の真相】600kmと200kmは何が違う?
歴代の走行距離を調べると、最長記録として600kmと200kmの2つの数字が見つかります。これは記録が食い違っているわけではなく、何を比較するかが異なるためです。
番組関連の企画で総距離が最長なのは、1995年の間寛平さんによる約600kmです。阪神・淡路大震災が起きた年に、神戸と東京を結ぶ長距離企画として7日間かけて走りました。通常の24時間枠で行うマラソンとは別の特別企画です。
一方、24時間で走った単独マラソンの代表的な最長記録は、1993年の間寛平さんによる200kmです。前年の1992年には200kmを目標にしながら約153km地点で終了したため、翌年の完走は初代ランナーの再挑戦という意味でも重要な記録となりました。
ほかにも、長距離の記録として注目されるランナーがいます。
- トミーズ雅さん(2000年):150kmを完走。通常の単独走としても長距離の部類に入ります。
- イモトアヤコさん(2009年):126.585km。女性ランナーの長距離記録として知られ、ゴールは放送終了後となりました。
- 横山裕さん(2025年):105kmを完走。近年の単独走では100kmを超える距離でした。
- みやぞんさん(2018年):トライアスロン形式で総計161.55km。ランニング部分だけを比較すると100kmです。
- チームQ(2020年):6人の募金ランで合計236km。個人が236kmを走った記録ではありません。
したがって、「歴代最長」という表現を使う際は、7日間の特別企画も含む総距離なのか、24時間の単独マラソンなのか、複数人の合計なのかを確認する必要があります。距離の大小だけでランナーの実績を順位付けすると、企画の違いを見落としてしまいます。

【歴代ランナーの年齢と時代変化】選ばれる人物や企画形式はどう変わった?
歴代ランナーの顔ぶれには、芸人、俳優、アイドル、アナウンサー、弁護士など、さまざまな分野で活躍する著名人が並びます。走行距離だけでなく、当時の年齢や番組内で担った役割を振り返ると、企画の変化がより明確になります。
年齢面で印象的なのは、1998年に19歳で挑戦した森田剛さんと、2011年に70歳で走った徳光和夫さんです。森田さんは歴代最年少クラスのランナーとして知られ、徳光さんは当時の最年長記録を更新しました。徳光さんの走行距離は63.2kmで、単独ランナーの歴代記録では短い部類に入りますが、年齢と距離の関係を考えるうえで象徴的な例です。
企画の形式も時代とともに広がりました。1990年代は単独走を中心に長距離へ挑戦する構成が目立ちましたが、2012年には家族によるリレー、2018年にはトライアスロン、2019年には4人による駅伝形式が登場。2020年と2021年には募金ランや募金リレーが採用されました。
こうした変化は、ランナー個人の体力だけでなく、番組が伝えたいテーマや開催時の状況によって、企画そのものが組み替えられてきたことを示しています。特に募金ランは、走行距離そのものに加えて、走る行為を寄付へ結び付ける仕組みを前面に出した形式でした。
また、歴代ランナーの年齢を比較するときには、年齢が若いほど長い距離を走れる、あるいは年齢が高いほど距離が短い、と単純に判断することはできません。走行距離は企画ごとに設定され、リレー形式か単独走か、トライアスロンかどうかによっても条件が異なります。年齢は記録を理解するための背景情報として扱うのが適切です。
【2025・2026年最新】横山裕105km、星野真里80kmの完走結果
2025年の第48回では、SUPER EIGHTの横山裕さんがチャリティーランナーを務め、105kmを完走しました。横山さんの企画は「子ども支援マラソン」として行われ、子どもたちへの支援を目的に掲げていました。日本テレビが放送後に紹介した取り組みでも、マラソンを通じて集まった寄付を必要とする子どもたちへ届ける活動が取り上げられています。
続く2026年の第49回では、俳優の星野真里さんがチャリティーランナーに選ばれました。放送は8月29日・30日に行われ、星野さんは80kmを走り、8月30日午後8時42分に完走。当時45歳での挑戦でした。
2026年の企画名は「できた!を増やす子ども募金」です。日本テレビの番組発表では、子どもたちが自分の居場所を選べる社会を目指すという趣旨が説明されました。星野さんはゴール時点で、募金額が3億8054万8400円に達したと報じられています。さらに、放送翌日の8月31日午後6時時点では、募金総額が4億518万4216円となりました。これらは集計時点の異なる数字です。
星野さんは放送後、マラソンに向けた練習についても明かしています。日刊スポーツの報道によると、ゴールデンウイーク明けからの合同練習は19回で、総走行距離は130km以上。自主練習を合わせると約400kmに達していたといいます。番組本番の80kmだけでは見えない準備の積み重ねも、チャリティーマラソンを理解するうえで押さえておきたい点です。
2025年の横山さんは105km、2026年の星野さんは80kmと、距離には25kmの差があります。ただし、この数字だけでどちらの挑戦がより困難だったかを決めることはできません。ランナーごとの準備期間や当日の進行、休憩を含む運営条件、企画の目的を合わせて考える必要があります。

【歴代記録の実態】距離比較で誤解しやすい3つのポイント
歴代ランナーの一覧を扱う際、特に注意したいのは「予定距離」「実際に走った距離」「企画全体の距離」が同じ意味ではないことです。数字だけを抜き出して比較すると、記録の意味が変わってしまう場合があります。
1.目標距離と実走距離は別物
1992年の間寛平さんは200kmを目標にしていましたが、実際には約153km地点で企画が終了しました。歴代一覧に「200km」とだけ記載すると完走したように誤解されるため、完走結果も確認する必要があります。
2.複数人の合計距離を個人記録と混同しない
2019年の駅伝形式、2020年の募金ラン、2021年の募金リレーでは、企画全体の距離と個人が走った距離が異なります。2020年の合計236kmはチーム全体の記録であり、単独ランナーが236kmを走ったという意味ではありません。
3.放送時間内のゴールと完走は同じではない
山田花子さん、萩本欽一さん、イモトアヤコさん、大島美幸さんなどは、放送終了後にゴールした記録が残っています。番組の終了時点でゴールしていなくても、その後に完走したケースがあります。結果を確認するときは、完走したかどうかと、放送時間内だったかどうかを分けて整理しましょう。
加えて、2026年の星野真里さんの走行距離は80kmです。歴代の距離を比較するときに、すべてのランナーが100kmを走るものと決めつけるのは正確ではありません。距離は年ごとに異なり、ランナーの条件や企画内容に合わせて設定されています。
歴代マラソンの記録を調べる際は、まず日本テレビの公式番組情報でランナーや企画の概要を確認し、次に報道各社の記事で完走時刻や距離などの詳細を照合する方法が有効です。数字が一致しない場合は、単独走・リレー・駅伝・トライアスロンのどれに該当するのか、また距離が個人単位か合計かを確かめると、記録の違いを理解しやすくなります。
【歴代24時間マラソン】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:24時間テレビのマラソンは何年に始まりましたか?
A1:1992年の第15回から始まりました。初代ランナーは間寛平さんで、200kmを目標に挑戦したものの、沿道の混雑などから約153km地点で企画が終了しました。翌1993年には200kmを完走しています。
Q2:歴代マラソンの最長距離は何kmですか?
A2:番組関連企画全体の最長距離は、1995年に間寛平さんが7日間かけて走った約600kmです。一方、24時間で走った単独マラソンの代表的な最長記録は、1993年の200kmです。比較する際は企画の期間を区別してください。
Q3:2026年のチャリティーランナーは誰で、何kmを完走しましたか?
A3:2026年の第49回は星野真里さんがランナーを務め、80kmを完走しました。ゴール時刻は8月30日午後8時42分です。年齢は当時45歳でした。
Q4:2025年の横山裕さんは何km走りましたか?
A4:SUPER EIGHTの横山裕さんは105kmを走り、2025年の第48回で完走しました。子ども支援を目的としたチャリティーマラソンとして実施されました。
Q5:歴代ランナーは全員、放送時間内に完走していますか?
A5:いいえ。放送終了後にゴールしたランナーもいます。また、1992年の間寛平さんは約153km地点で企画が終了しました。完走の有無と放送時間内のゴールは、別々に確認する必要があります。
まとめ:歴代記録は距離・完走結果・企画形式をセットで見る
1992年の間寛平さんから2026年の星野真里さんまで、24時間テレビのチャリティーマラソンは、長距離への挑戦を軸にしながら企画の形式や目的を変えてきました。歴代の記録を振り返ると、1995年の約600km、1993年の200km、2009年のイモトアヤコさんによる126.585km、2025年の横山裕さんの105kmなど、節目となる記録が確認できます。
2026年の星野真里さんは80kmを完走し、子どもたちの未来を支援する募金企画に参加しました。2025年の横山裕さんの105kmと合わせて見ると、近年のチャリティーマラソンでは、走行距離だけでなく、誰を支援するために走るのかという目的も大切な要素になっています。
歴代ランナーを正確に比較するための判断基準は、走行距離、完走結果、企画形式、記録の集計単位の4点です。最長記録の数字だけに注目するのではなく、その年にどのような挑戦が行われ、どのような結果になったのかまで確認すると、30年以上続くチャリティーマラソンの歴史をより深く理解できます。 (出典: 歴代 24 時間 マラソン(Yahoo!ニュース))